「善知鳥」序
二〇一五年十月二十五日
朝から続く頭痛が思考を止めていた。黒田椋二は、機械的に上げ下げを繰り返す自分の血に染まってどす黒くなった軍手と、その先の鈍い光を滲ませる出刃庖丁を、暗闇に投射された映像でも視るように見ていた。卵巣膜を這う暗紫色の血管が視界を過る度、破裂しそうなほど拡張した米噛みの血管がとうとう皮膚を突き破って飛び出してしまったのかと一瞬手を鈍らせるも、すぐに荒々しい血管の脈動を感じ、安堵と嘲笑の溜め息を漏らす。その程度の余地を残し、諸々の思考にぶら下がる感情の一切が死に絶えたように息を止めていた。
夜半過ぎ、高く昇った満月の青白い光が、外灯一つない山間の孵化場一帯を静かに浮かび上がらせていた。白いトタン板で覆われた平屋の孵化管理棟の前に、曝気槽、縦三メートル横一メートルほどの長方形の水槽が八面ずつ縦並びにある、道南木直町の鮭・鱒孵化場。草藪の向こうを流れる大船川のせせらぎと、雑木林を渡る風の音が遥か頭上で響いているように聞こえていた。すぐ近くの用水路から聞こえる、ちょろちょろと闇に溶けていくような水音が途端激しく撥ね、椋二は手を止めて顔を上げた。孵化場を挟んで川とは反対に位置する用水路の脇の空き地に立つ椋二は、整然と区画化されたコンクリートの枠組み足場に立って踊る男を見た。蛍光色のラインの入った黒のアノラックパーカーを頭からすっぽりと被る男は、水槽に張った漁網をゆったりとした動きで手繰り寄せていた。踊るように見えた二本の腕の緩慢な動作は、すぐに忙しないものに変わり、ヤアッという掛け声と共に引き揚げられた魚群の跳ねる音が鳴った。椋二は俯き作業に戻った。爆ぜるような水音に交り鼻歌が聞こえてくる。その男、浩宇は用水路を飛び越え、メスの鮭を入れた網籠を椋二の足元に投げるように置いた。
「早いね、リョージ」
白い息を吐き、浩宇は用水路の脇の空き地に積まれたトロ箱に目をやった。
「いい月だ。吸い込まれそうな白さだ」
灰色の雲が薄らとかかる月を見上げ、鼻歌の延長のように言うと、浩宇は空の網籠を手にしてまた水槽の方へと足を向けた。途中、草叢に溜まった死骸の山から溢れ出た幾つかを、物のついでのように用水路に蹴り入れた。水音は用水路の暗い流れに紛れるように小さく響いて消えた。水槽の枠組足場で身を屈める男から、今度ははっきりとした歌声が流れてきた。ザイナァ、ヤォユァンティ、ディーファン、イョウウェイ、ハオクーニャン(在那、遥遠的、地方、有位、好姑娘)。男がたまに歌う故国の民謡『草原情歌』を聞き取り、今夜は随分機嫌が良いなと椋二は思った。・・・遥か離れた、そのまた向こう、誰からも好かれる綺麗な娘がいる・・・子供の頃、NHKの教育テレビで流れていた歌に合わせて口ずさんでいた、華僑の父を持つ祖母の姿が思い浮かんだが、それもまたすぐに息を止め、割かれた腹をぶらぶらさせる鮭と共に投げ捨てられた。濡れそぼった軍手を外し、新しい物に換える。申し訳程度に敷地を囲う仕切りのフェンスに突っ込んでおいたタオルを取り、血や内臓で滑る包丁を適当に拭いた。ネットで購入した十八センチの関孫六。今月の頭、道央の古平町の孵化場で浩宇から渡された二十センチのステンレス製包丁より使い易かった。鋼は錆びて面倒だと浩宇は言うが、濡れた軍手の中の、冷え切って感覚を失いそうな指先にステンレスは心許なく感じられたのだった。
底に穴が空き所々黴の生えた木製のトロ箱を重ねて平板を乗せた即席調理場は、大量の鱗で白っぽく艶々と光っていた。包丁を拭いたタオルで板の上を拭い、浩宇が置いていった籠から適当な鮭の尾を掴む。今、浩宇が選別している分と合わせてざっと七十ほどか。魚の腹を手前に置き、逆さ包丁で肛門付近に刃を一センチくらい入れ、尾から胸へ一気に腹を割く。難なく滑るように出てくる赤黒い卵巣を左手で掴み、脇にあるビニール袋の張ったトロ箱へ入れ、包丁を持ったままの右手で残骸を前の草叢に投げ落とす。延々と続く単調な作業の間に椋二の額の裏に生じるのはただ、靴下を二重履きした足先が湿って不快なことや、作業着の上に付けた業務用の分厚いゴム製のエプロンが重いこと、ダウンベストを下に着てくれば良かったといった雑感のみだ。時折、目の端を白いふわふわしたものが幾つか掠めていく。繁みの暗がりを漂うように飛ぶ雪虫の群れに、初雪の兆侯を思い、雪という単語に身構えたりもした。雪の降る前の秋とも冬ともつかないこの時季の、雪虫のように浮遊する気持ちに、北海道へ移住して五年以上経ってもまだ慣れない自分を気付かされては半ば呆れ、半ば感心する。生まれて二十数年過ごした土地の、重く肌に纏わりついた空気には勝てないのかと。
時折押し寄せる頭痛の高波に、些細な物思いなどは霧散した。右の米噛みから耳の裏、首筋、右肩にかけての皮膚が凝り固まり、革のベルトできつく締めつけたような頭皮の圧迫感と、皮膚の下の張りつめた血管の脈動が椋二の内部の全てのように居座っていた。山の澄んだ冷気はより神経を蝕むように締め上げ、椋二の眉間の皺を深くした。冷気は眼球の奥、鼻腔の奥を刺し、目の前の臓物の血溜まりや臭気がもたらすはずの感覚をも遠ざけていた。そう、遠かった。ぽっかり口を開けた魚も、嵩を増す残骸の山も、薄い膜を隔てて見るように、遠かった。
浩宇がラストだと言って寄こした網籠の二十匹と残りの分を併せた五十匹ほどを二人掛かりで捌き終えると、百七十匹分の筋子を詰めたトロ箱十二個を、門前の駐車場に停めてあった軽トラックの荷台に運んだ。蓋付のトロ箱を並べた上にブルーシートを被せ、その上をロープで固定する。左右に分かれて行い、それが終わると、漁網や刃物類、汚れたタオルや脱いだ作業着などを丸めて詰めた木製のトロ箱を端に乗せ、空いた隙間にベニヤ板を滑り込ませた。荷台全体を付属のシートで覆い、フックを掛けて積荷は終了した。出入り口の歩道脇にある簡易トイレで用を足し、手を洗っていると、草藪で用を足していた浩宇が隣に来た。
「リョージ、あれ何て書いてるの」
浩宇の視線の先に、錆びたフェンスにもたれ掛かるようにして立つ卒塔婆が数本あった。ここへ忍び込んだ時にはただの朽木にしか見えなかったそれを、椋二は見つめた。
「あれは、鮭の供養塔や」
「へえ」
浩宇は両手を頭上に上げ、馬鹿馬鹿しいほど大仰なポーズで卒塔婆の方を拝むと、すぐに踵を返して革の手袋を嵌めていた。
孵化場の外門に掛かる股下ほどのロープを跨ぎ、軽トラックに乗り込むと、時刻は午前三時を回っていた。ここに車を停めたのが午前一時四十分頃。同じように車内時計を見ていた浩宇は、椋二に笑みを寄こしてエンジンを掛けた。
「ほら見ろ。見張りなんて要らなかった。二人で十分だ。あんなバイト気分の、不良上がりの若僧なんか、何の役にも立ちはしないのに、俺に押し付けて。ああ、今日は良い。仕事は早く終わったし、規模にしては上々だ。九十、いや九十五キロ!」
雑木林に沿ってうねる暗い道を勢いよく走らせた男は、興奮気味にそう捲くし立て、ハンドルを叩いた。
「悪いが俺もバイト気分や」
助手席の下のスポーツバッグから取り出した上下バラバラのジャージを着ながら、椋二は言った。
「リョージの仕事は完璧さ」
「せやったら上乗せしてくれや」
「それはボスが決めることだけど、オーケー、申し添えするよ」
椋二は妙に丁寧な浩宇の言い回しにふっと口元を緩め、煙草に火を付けた。浩宇が八雲町の工場から調達してきた軽トラックの狭い車内は、煙草と灯油の滲みた臭いと、暖房口から出る黴臭い温い風、男二人の体から漂う生臭い魚や肌着の下の籠った汗の臭いで異様な空気となったが、暖められてようやく緩み始めてきた神経の痛みを思えば我慢出来た。臭いなど全く気にならないのか、上機嫌の表情を崩さない浩宇に、頭痛の芯がぼやけたことの悦びがもたらしたある種の高揚感も手伝って、椋二は頭に思い浮かぶまま口を開いた。
「さっき供養塔あったやろ。知ってるか、鮭千匹の命イコール人間一人分の命やって。あの木一本で千匹分の供養するんや」
「へえ!じゃあ僕達はまだまだ一本も立てられないね」
「千匹て、俺が鮭やったらあほらしいわ。人間に供養なんかしていらんよ。千匹の中の一匹になんか入れられんと、ただの一匹で惨めに打ち捨てられた方がええ」
「リョージはたまに面白いこと言うよね。前にもさ。競争馬を見てると可笑しくなる、俺は馬刺しでも何にでもなって食われたいとか、何とか」
そのようなことを言った覚えはなかったが、酔いの戯言の一つかと流した。浩宇が「僕も煙草」と言ったので、火を付けて渡してやる。車は未舗装の山道を抜け、木直町役場通りの一般道に出て、更に海岸沿いへ下り恵山国道へ右折した。函館の市街地から亀田半島の海岸線を廻り茅部郡・森町に至る国道278号線は、津軽海峡と小さな漁村の集落が延々と続く。この時期は恵山の紅葉に訪れる国内外の観光客のバスやレンタカー、地元のドライバーでそれなりに賑わうコースだが、まだ夜も明けきらない時刻に通る車はほとんどなかった。午前三時二十四分。立岩岬を過ぎトンネルに入る。ここから飛ばせば函館市内の船見町の自宅アパートまで二時間も掛からない。山道と一般道を使って半島を横断するルートが安全に思われたが、時間が掛かり過ぎてかえって危険なことと、筋子の鮮度が落ちない内に処理と加工を済ませたいと浩宇は海岸線を選んだ。その割には一般道と変わらないスピードに椋二は運転席の方へ目を向けたが暗くて表情は掴めなかった。どうせ考えがあるのだろうと思い直し、トンネルを通過して助手席の窓一面に広がった、薄墨を流したような茫漠たる海に視線を戻した。
蝦夷梅雨の続く七月、函館競馬場のパドックシアターの前で二歳馬の重賞レースのオッズを確認していた時、椋二はすぐ斜め前に立つ鉤編みの黒いパーカーを羽織る若い男の手がすっと、隣に立つ小太りの中年のスラックスのポケットに伸びていくのを目撃した。中年の男は首筋に脂汗を滲ませて手元の新聞と画面を交互に見るのに気忙しく、隣の若い男は難なく色褪せた革の長財布を手にし、ゆったりとした動作で自分の懐に入れた。振り返りざま男は一瞬目が合った椋二にまるで邪気のない笑みを見せ、人垣に消えていった。余りにも堂々としたスリを目の当たりにし、椋二は呆けたように男の消えた先をしばらく見つめた後、掏られたことに気付かない男の禿げた後頭部越しに画面の数字を追った。網膜は電光掲示板のランプを映していたが、椋二は額の裏で男の艶々と光る真っ黒な瞳の残像を見ていた。その翌週、再び競馬場で椋二はスリの男に会ったが、それは向こうから声を掛けてきたために起こったことだった。混み合うダックアウトパドックで「ヘイ」と肩を寄せてきた男は、スリの時と同じ笑みを浮かべ、先週の礼だと馬券を一枚、椋二の手に握らせた。黒い短髪に白い肌、顔立ちはどこにでもいそうな平凡な作りだが、一目で日本人でないと思わせる匂いが男にはあった。浩宇と名乗った自分より十も若い男は、出走馬の脚下を真剣に見つめたかと思うと、原油の滴りのような眼球をこちらに向けて、「お兄さん、一緒に仕事しない?」と訛りのない綺麗な日本語で言い出した。
大陸から来たスリ師は、金策に追われ脳味噌から枯渇している人間の匂いというものを嗅ぎ取ることに長けているのだろうかなどと感心している間に、椋二は浩宇の「仕事」の手伝いをさせられ、結果その日は分け前としての五万円と、六千円ほどの当たり馬券を得た。五枚の札の前に多々ある疑問は影を潜め、夏のレース開催期間の日曜日は浩宇と競馬場で時間を過ごした。夏のレースが札幌競馬場へ移ると彼の「仕事」場も札幌に変わり、椋二もまた、それまでの可も不可もない水産物卸売市場の運搬業を辞め、新築の香りの残る競馬場のテラスやパークウィンズ棟に身を潜めることになった。北広島市にある浩宇のアパートで半月を過ごす間に、北海道の短い夏もレースも終わり、その頃には最初に浩宇に抱いた疑問や違和は跡形もなく消えていた。浩宇は平日ほとんど外出したきりで、戻りは深夜か朝が多かった。早い戻りの時はススキノへ椋二を連れ立ち、そのまま一晩を過ごした。それ以外、椋二は布団と座椅子と座卓、衣装ケース一つと冷蔵庫、備付けのヒーターくらいしかない1DKのアパートで一人、持ち込んだパソコンを開くか、レンタカーを借りて札幌近郊のディスカウントショップを廻り、転売用の買い付けなどして過ごした。九月に入り、買い付けた家電製品やゲーム機などが嵩んだ為一度函館の自宅へ帰ろうかという頃、浩宇は他の仕事を持ち掛けてくるようになった。大半が盗難タイヤの運搬やミニトマトの収穫といったせこいものだったが、そういった現場で椋二は浩宇の仲間数人と知り合うことになった。その中に一人はっきりとその筋の人間と分かる者もいたが、一瞬湧いた小さな逡巡はすかすかの脳味噌から零れ落ちていき、直に感じられる現金の手触りと浩宇の黒々と光る眼が椋二の首に掛かる輪を先の見えない闇へと繋いでいた。
九月下旬、「ツーリングしよう」と浩宇は突然言い出し、いつ用意したのか、テントやシュラフ、マット、マグライト、雨具やタオルなどを詰めた防水バックと、アウトドアウエア一式、グローブ、長靴を椋二に渡し、二台とも友人からの借りものだというヤマハのSR400とFZ6Sをアパートの前に並べた。
道東北部の牧場や原野が続く酪農地帯や田園地帯に自生する大麻草を収穫することが目的の旅は、勿論ただの遊興ではなかったが、家畜も人も寝静まった晩、息を殺して牧場の草地に伏せ、大麻草の入った袋を手に永遠と続いているような農道を走っている間の緊張感は遊興を超えた悦楽を椋二にもたらした。草地の中を、目を皿のようにして探し、一本見つけると大麻草は次々と姿を現し、そうして群生地に出くわした時の浩宇はまさにナチュラルハイの状態で、「見ろ、見ろ、リョージ、まるで僕達を手招きしているようだ」と讒言のように呟いていた。浩宇がオスとメスを見分けメスのトップを切り取り、椋二はそれを受け取って袋に入れる傍ら周囲の監視や時間の確認を行う。農道の向こうから地元の車のヘッドライトが見えると、浩宇のフードを被った頭を抑え共に伏せるのだが、たまに勢いが良過ぎて泥土にダイブするように二人の身体は倒れ、車をやり過ごす間、互いの泥塗れの顔を見ては腹を捩らせた。収穫した大麻は道路沿いの草地に隠し、廃屋の裏に停めたバイクを二人乗りして、拠点と定めた三キロ離れた隣町の無人駅まで走り一夜を明かした。朝方、近辺に異常がなければ、隠し場所へ走り袋を拾ってそのままツーリングを装い、逃げた。
そうだ。あの夜も満月が出ていた。這いつくばってほどなく、仰向けに寝転んだ椋二の視界を浸す、濃密な紺色の液体の上澄みのように透けた空。白い月。傍らでうつ伏せるアーミーナイフ片手の浩宇が、鼻歌の続きを歌う。・・・レンメン、ツォクォリァオタァティーツァンファン、トォヤォフィトオ、リゥリャンティツァアンヤァン・・・睦言のような甘い歌声が、草原を渡る風の音の間を縫って響く。人肌のように生温かい草いきれ、牛馬の糞の臭いと、腐った雨水を吸ったような泥土の臭い。夜の底を映す黒い瞳。あの夜の高揚を曳いて、広大な原野を走り続けた幾日かの熱を持った頭の芯と、今、疼痛の槌を打つ頭の芯はまるで違う、別の人間のものだった。ひと月前と、何が違うのか。椋二は米噛みを押さえていた左手を離し、瞼を薄く開いた。眼下に広がる海は朝靄に霞み、水平線に赤い光が滲んでいた。
「リョージ、頭まだひどいの?薬飲んだの?」
「ああ」
運転席の方を一瞥し、掠れた声で椋二は頷いた。
「もう少しだから。今ねえ、汐首岬を過ぎた。まだ寝てなよ。あ、橋だ!」
浩宇はそう言うと、全開にした窓に顔を寄せ、国道沿いの山側に建つ旧国鉄戸井線の線路跡を見上げた。湿っぽい臭いの籠る車内に一気に潮風が流れ込む。切り立った斜面に聳えるアーチ橋は、一度も使われることなく廃線となった日中戦争時の軍用鉄道の唯一の名残だった。故郷の華北平原にある農村の水道橋に似ていると以前言っていた浩宇は、橋を過ぎるとすぐ窓を閉め、途端白けた顔つきとなって懐のスマートフォンを取り出した。何回かコール音が鳴って出た電話の相手に中国語で早口に話し出す。ほとんど聞き取れなかったが、はじめの「快起床!(早く起きろ!)」は何度か聞いていたので椋二にも解った。午前五時三十二分。昆布を干す民家の窓に黄色い灯りが滲んでいた。椋二は再び目を閉じ、窓側に身を傾けた。瞼の裏に、頭とは別に痛む身体の奥、臓腑の底で沈殿する血の吹き溜まりが浮かんでいた。ひくひくと小刻みに痙攣する膜を張った真っ赤な物体は、メス鮭の小さな心臓でもあり、剥き出しの卵巣でもあり、落葉に塗れたブナ肌の死骸でもあった。止まったままの思考と反して、無節操に生起し続ける残像の中に、赤い服の子供の姿が紛れては血溜まりに溶けて消えていった。赤い服、真っ赤な小さいトレーナー。血のような色に反して冷え冷えとして無機質なそれは際立って異様で、思わなくてはならない何か、考えるべき何かを訴えているようでおぞましく、不快の全てを頭痛のせいにして、椋二は暁の海に沈むように微睡みの中へと落ちていった。
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